「子どもを連れて行かれたら人身保護請求をすればすぐに取り戻せる」といった情報を目にすることがありますが、これは正確ではありません。人身保護請求は、通常の子の引渡しの手続とは別の、極めて限定的な場合にのみ利用される特殊な救済手段です。このコラムでは、人身保護請求とはどのような制度か、どのような場合に問題となるのかを、裁判例をふまえて解説します。子どもを連れて別居された場合にまず検討すべき手続については、コラム1「子どもを連れて別居されたら?」をご覧ください。
人身保護請求は、人身保護法に基づく制度です。同法は、法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている者について、司法裁判により迅速かつ容易にその自由を回復させることを目的としています。請求は、被拘束者本人だけでなく、被拘束者のために誰でもすることができます。もともとは、違法な身柄拘束一般からの救済を想定した制度ですが、判例上、子の引渡しをめぐる紛争でも利用される場合があります。
子の引渡しを求める方法としては、通常、家庭裁判所に対する子の監護者指定・子の引渡しの調停・審判や、審判前の保全処分を申し立てます(詳しくはコラム84「監護者指定・子の引渡しの調停・審判とは?」をご覧ください)。これに対して人身保護請求は、家庭裁判所ではなく、被拘束者・拘束者・請求者いずれかの所在地を管轄する高等裁判所又は地方裁判所に申し立てる手続です。また、原則として弁護士を代理人として請求しなければなりません。
人身保護規則上、人身保護請求は、拘束に権限がないこと又は法令の定める方式・手続への著しい違反が顕著であることに加えて、他に適切な救済方法があるときはその方法で相当期間内に目的を達成できないことが明白であることという、補充性の要件を満たす場合に限って認められます。判例上も、父母の一方が他方に対して人身保護請求により子の引渡しを求める場合、拘束者による子の監護が、請求者による監護に比べて子の福祉に反することが明白と認められるような、限定的な場面でなければ認められないとされています。家庭裁判所の調停・審判・保全処分の手続で対応できる場合には、人身保護請求は利用できない、あるいは利用すべきでないと考えられていますので、まずは家庭裁判所の手続を検討することが基本です。
人身保護請求は、単に「早く子どもを取り戻したい」という事情だけで利用できる制度ではありません。最高裁判所規則である人身保護規則は、請求をすることができる場合を、拘束又は拘束に関する裁判若しくは処分が、①権限なしにされ、又は法令の定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著であること、かつ、②他に救済の目的を達するのに適当な方法があるときは、その方法によって相当の期間内に救済の目的を達することができないことが明白であること、という2つの要件を満たす場合に限っています。つまり、拘束の違法性が顕著であることに加えて、家庭裁判所の手続など他に適切な救済方法では目的を達成できないことが明白であるという補充性の要件も課されており、単なる時間的な緊急性だけで足りるものではありません。
子の引渡しをめぐる紛争において、この要件が具体的にどのように判断されるかについては、最高裁判所の判例が重要な判断枠組みを示してきました。まず、最高裁判所は、夫婦の一方が他方に対し人身保護法に基づき(共同親権に服する)幼児の引渡しを請求した場合について、夫婦のいずれに監護させるのが子の幸福に適するかを主眼として、子に対する拘束状態の当不当を定め、請求の許否を決すべきであるとしました(最高裁判所昭和43年7月4日第一小法廷判決)。この段階では、夫婦のいずれの監護が子の幸福に適するかという実体的な比較衡量が判断の中心でした。
その後、最高裁判所は、父母がともに親権を有する共同親権者間の人身保護請求について、拘束者による子の監護が、請求者による監護に比べて子の福祉に反することが明白であることを要するとして、「明白性の要件」を示し、拘束に顕著な違法性があるといえる場合を厳格に絞り込みました(最高裁判所平成5年10月19日第三小法廷判決)。この判決では、明白性の要件を満たすと考えられる場合として、家庭裁判所の子の引渡しを命じる審判や保全処分が出されているにもかかわらず、拘束者がこれに従っていない場合や、拘束者のもとでは子どもの健康が著しく損なわれる、満足な義務教育を受けられないなど、親権の行使として容認できないような例外的な場合が挙げられています。
つまり、単に「相手に子どもを連れて行かれて悔しい、早く取り戻したい」というだけでは、人身保護請求における明白性の要件を満たすとは考えにくく、家庭裁判所の審判・保全処分に従わない等の顕著な事情が必要になります。
人身保護請求の大きな特徴は、審理・裁判が他の事件に優先して迅速に進められる点です。人身保護法上、裁判所は請求について速やかに裁判しなければならないとされ、審問期日は原則として請求のあった日から1週間以内に開かなければなりません。また、最高裁判所規則である人身保護規則では、判決の言渡しは審問終結の日から5日以内にしなければならないとされています。下級裁判所の判決に対しては、3日以内に最高裁判所へ上訴することができます。このように、人身保護請求は他の民事・家事の手続に比べて著しく迅速な進行が予定されている点で特殊な制度です。
家庭裁判所の子の引渡しの審判や保全処分が既に出されているにもかかわらず、相手方がこれに従っていない場合などが、裁判例上、認められやすい典型例として挙げられています。個別の事情によって判断が分かれますので、具体的な状況をふまえて弁護士にご相談ください。
人身保護請求は、子の引渡しをめぐる紛争において万能の解決手段ではなく、限定的な場面で用いられる特殊な制度です。ご自身のケースで人身保護請求が問題となり得るかどうかは、まず家庭裁判所の手続の状況をふまえて慎重に見極める必要があります。お子さんのことでお悩みの方は、早めに弁護士にご相談ください。
令和8年9月29日
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